
はじめに:今の生活に「漠然とした不安」を抱えているパパへ
「自分は組織に向いていないんじゃないか……」 「出世競争なんて勝てる気がしない。でも、お金がないと家族を守れない……」
もしあなたが今、そんな風に一人で抱え込んでいるなら、少しだけ僕の話を聞いてください。
はじめまして、Shun(シュン)です。
僕は今、神奈川県の2DKアパートで妻と6歳の息子と3人で暮らしています。
今の僕の肩書きは、中小企業で働く平社員の総務。本業の手取りは、わずか17万円です。
32歳で、手取り17万。 世間一般から見れば「もっと頑張れよ」と言われる数字かもしれません。 しかし、今の僕は、人生で今が一番幸せだとはっきり言えます。
- 僕の手取り: 月42万円(本業17万 + 副業25万)
- 妻の手取り: 月12万円(パート)
- 世帯の手取り: 月54万円
- 毎月の貯蓄・投資: 20万円以上を新NISAやiDeCoへ
- 家族の時間: 18時15分には帰宅し、21時には家族全員で就寝
かつての僕は、月100時間残業しても評価されず、逃げるように転職を繰り返し、29歳で心を壊して「無職」になったダメダメな人間でした。
そんな僕が、どうやって「無理な出世をせず、家族との時間を1秒も削らずに、お金の余裕を作る」という今のスタイルに辿り着いたのか。その全貌をお話しします。
「会社を変えても現実は変わらない」と悟った20代
2016年、北関東の田舎から新卒で上京し、建築系の会社に営業として入社しました。
そこでは残業代込みで手取り30万円ほど貰っており、20代としては悪くない収入だったかもしれません。
しかし、実態は月100時間の残業。土曜日も現場からの呼び出し。 2018年に結婚し、翌年に息子が生まれましたが、毎日寝顔しか見られませんでした。
妻は出産を機に専業主婦に。僕の「一馬力」で家族3人を養う生活が始まりました。
「このままじゃ、息子が僕の顔を忘れてしまう。家族との時間が欲しい。」
そう願い、家族との時間を作るために1社目を逃げるように転職しました。
しかし、次の会社でも残業時間は減りませんでした。それなのに給料だけが手取り25万円にダウン。
営業マンである以上、要領が良くないと残業は減らない。会社を変えたからといって、自分の能力以上の「余裕」が手に入るわけではない……。
逃げ場のない現実に、ただただ消耗していました。
深夜のポチポチ。初めて自分ひとりで稼いだ瞬間

現状を変えたくて、僕はネットで見つけた「アフィリエイト」というビジネスに飛び込みました。自分のブログで商品を紹介し、売れたら紹介料をもらう仕組みです。
もちろん、最初はチンプンカンプンです。 家族が寝静まった深夜、眠い目をこすりながらPCを叩く毎日。半年間、報酬は1回も出ませんでした。
「自分は何をやっているんだろう……」
そう自問自答しながらも、見よう見まねで記事を書き続けました。
初めて成果が出たのは、ある土曜日の午後。家族で公園を散歩している時にスマホが震え、「4万円」の通知が届きました。
「……出た。本当に、僕でも稼げた……!」
思わず、隣で息子を追いかけていた妻を無言でハグしました。 妻は驚いていましたが、僕の目には涙が浮かんでいました。
会社に頼らず、自分の力で「家族の明日のご飯代」を作れた。不器用な僕が、初めて「自分の価値」を感じられた瞬間でした。
事務職への挑戦と、非情な「営業への復帰」
「もう、営業は無理だ。」 そう悟った僕は、IT系の会社の「営業事務」として再び転職しました。
「ブログをもっと頑張りたい。事務なら、時間が作れるはずだ。」
給料は手取り22万円にさらに下がりましたが、残業が減ったことで幸福度は上がりました。
しかし半年後、ベンチャー企業の論理に巻き込まれ、会社から非情な命令が下ります。
「人手が足りないから、営業をやってくれないか。」
事務として入ったはずなのに、なかば強制的にまたあの数字に追われる日々への逆戻り。
そして追い打ちをかけるように、僕のアフィリエイトで唯一の頼みの綱だった商品が、ある日突然サービス終了したのです。
副収入は一瞬でゼロ、本業は望まない営業へ。
29歳の時、僕は糸が切れたように動けなくなり、ついに会社に行けなくなってしまいました。
「休んでいいよ」救いの一手と、1年間の専業主夫生活
妻子があるのに無職。僕は暗闇の中にいました。
会社を辞める際、上司から「お前は甲斐性なしだな」と吐き捨てられた言葉が、呪いのように耳に残っていました。
そんな僕に、なんと妻がこう言ったんです。
「あなたは少し休んで。これからは私が働くから。」
ワンオペで育児を頑張ってくれていた妻は、僕が知らないところで密かに簿記を勉強し、「簿記2級」の資格を取得していたのです。
約4年のブランクを跳ね除けて、妻は経理の正社員の仕事を見つけ、家計を支え始めてくれました。
そんな妻に甘え、僕は1年間、専業主夫になりました。
仕事に行く妻を玄関で見送り、幼稚園へ息子を送り届ける。掃除をして、ご飯を作り、お迎えに行く。子供と泥だらけになって遊ぶ。
「ああ、僕は組織で上を目指すような人間じゃない。でも、この家族の時間は、何があっても守りたい。」
そうして僕は、主夫生活の傍ら、再起をかけて「文章を書く仕事」を再開しました。
再出発の場に選んだのは、アフィリエイトのような「当たれば大きいけれど不安定な収入」ではなく、ネット上で仕事を受けられるサイトに登録し、「1文字書くごとに、xx円もらえる」という、地道で確実な執筆の仕事から再開したのです。
最初は数千円、次は1万円……。「自分の書いた文字がお金になる」という手応えが、ボロボロだった僕の自信を少しずつ取り戻させてくれました。
僕が辿り着いた「ダメ社員パパの最強戦略」
心が回復した僕は、復職を決意しますが、「高給取り」を目指すのをやめました。
代わりに選んだのは、現在の「家から自転車で10分、定時退社できる、休みやすい総務の仕事」です。
給料は手取り17万円。過去一の「簿給」です。
でも、今の僕は「会社での評価」に一喜一憂しません。なぜなら、会社以外で稼ぐ術を身につけたからです。
これまで少しずつ磨いてきた「書く技術」を活かし、ライターを募集している企業の求人に応募して、直接お仕事を任せてもらえるようになりました。
仲介サイトを通さず、企業さんと長くお付き合いを続けることで、今では月25万円を安定して稼げるようになりました。最近は生成AIを活用することで、執筆をさらに効率化しています。
僕が副業でしっかり稼げるようになったことで、息子が小学校にあがるタイミング(いわゆる小1の壁)に合わせて、妻も正社員から「パート」へ働き方を切り替え、家族全員が理想のリズムを手に入れました。
- 朝5時〜6時半: 家族が起きる前に集中して執筆(これで月25万)
- 16時00分: 妻がパートを終え、家で夕食の準備
- 18時00分: 定時ダッシュ
- 18時15分: 10分強で帰宅
- 18時20分: 妻が作ってくれた温かいご飯を家族3人で食べる
あの時「甲斐性なし」と笑われた僕ですが、今は胸を張って言えます。
「手取り17万円の平社員。でも、家計には月50万以上が入り、毎日18時台には家族で笑い合っている。僕は今、最高に幸せだ」と。
【リアル公開】世帯手取り54万円の家計簿内訳
| 家賃(2DK) | 90,000円 |
| 食費 | 60,000円 |
| 水道光熱費 | 20,000円 |
| 通信費 | 10,000円(スマホ2人分+光回線) |
| 子供の習い事 | 10,000円 |
| 自由費(洋服/レジャーなど) | 60,000円 |
| 合計 | 250,000円 |
固定費として毎月25万円使いますが、それでも約30万円残ります。このお金をコツコツと貯金や投資に回すことで、「将来への不安」もなくなりました。
年に一度、30万円かけて楽しむディズニー旅行は、僕たち家族の大切なイベントです。
おわりに:不器用なあなたも、幸せになれる
今の僕があるのは、あの時僕を見捨てず、「休んでいいよ」と手を差し伸べてくれた妻のおかげです。
彼女が4年のブランクを経て復職し、僕に「主夫」としての時間をくれたから。そして、子どもの成長に合わせて柔軟に働き方を変えてくれたから、今の穏やかな日々があります。
このブログでは、僕のような「組織に向かない不器用なパパ」が、家族を守りながら賢くお金を増やす方法を伝えていきます。
- 難しい知識ゼロから、ネットで確実にお金を稼ぐステップ
- 会社に縛られないための、時間の作り方
- 少ない給料をどう守り、将来のために投資していくか
夕食のテーブルで、息子が小学校の話を楽しそうに話し、妻と「美味しいね」と笑い合う。そんな、かつての僕が喉から手が出るほど欲しかった「当たり前の日常」を、あなたも一緒に作っていきませんか?
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。